あたまのひきだし

It's my KINGDOM

パニック障害体験記① 現在の私

お久しぶりです。

ここでは私の好きなアイドルに関することを綴っていたのですが、この記事のためだけに新しくブログを開設するのもな…なんて思ってしまったので、ここに書き記すことにしました。

 

テーマはタイトルの通りなのですが、文字列にするとどよ~んとした感じになってしまいますね。

でも、今現在パニック障害で困っている人や悩んでいる人に届いてくれたら嬉しいなと思うので、ストレートにこれでいきます!

 

さっそくですが、パニック障害を発症して8年目。

もっと詳しくいうと7年半になりました。

 

7年半前の私は、周りに似たような病気を持っている人を知らなかったので、ネットの海に助けを求めていました。

それでも、当時ネットの海に漂っていたのは研究結果としての論文や記事、さらにはインチキ商法の強い言葉を用いた動画が多く、当事者の体験記というものは少なかった気がします。

そのときに「いつか当事者の体験記を残せるくらいまで元気になりたいな」と考えていました。

そんな私の小さな目標のひとつを、ここで達成できたらなと思います。

 

 

どんな病気であれ、一番大切なのは信頼できる医師との話し合いと、それに基づく標準治療だと考えております。

私は医療従事者でも研究者でもありません。

このブログはあくまでもn=1の体験記ですので、それを念頭において読み進めていただけたらと思います。

 

以上を踏まえて、それでもお付き合いいただけるというみなさま、よろしくお願いいたします!

 

 

1.私の現在

 

発症から7年半経った現在、特に病気によって行動を制限されているということは全くありません。

バス、電車、新幹線、船、飛行機、なんでもござれです。

違う地方で一人でお泊りしたりなんかもします。

パニック発作に対する予期不安(=また発作が起こってしまうかもしれないという不安)は、いつの間にかなくなりました。

 

 

また、県外に出て一人暮らしをしながらフルタイム正社員として働ける程度の体力もつきました。

元々中学生の頃から部活をしており、パニック障害を発症するまでは家にいる時間の方が少ないタイプだったため、元の体力に戻っていったという方が正しいかもしれません。

現在はアラサーなので、さすがに中高生のころほど休みなしで動き回ることはできませんが、同年代と比べて特段劣っているような感じはしていません。

 

 

ただ、正直に話すと、パニック障害に罹患した弊害が全くないわけでもありません。

 

パニック障害を発症するまでは気圧の変化には全く動じないタイプでしたが、発症後から今に至るまで、気圧の変化による自律神経の荒ぶりは続いています。

それでも頭痛薬を飲んだり、クリニックから出されている頓服薬を服用すれば、日常生活に支障をきたすことはほとんどありません。

 

仕事も、皆勤賞は無理ですが、誰しもが風邪をひいたり感染症にかかったりする際に欠勤するような頻度に収まっていると感じています。

最近は気圧の上昇/下降時に軽い乗り物酔いのような状態になることが多いので、それに関しては耳鼻咽喉科で相談してみようかなと思っているところです。

 

 

それでも、感覚的には、生理痛のひどい人が痛みのピーク時に鎮痛剤を飲んだり、片頭痛のひどい人が病院にかかって薬を飲んだり、それと同じようなものかなと思っています。

外から見えるものじゃないし、期間が決まっているわけでもないので厄介ではありますが、時間が経つにつれて心身との向き合い方が上手くなっていっているなという自覚はあります!

 

また、病気に対する考え方としては、「治った」「治ってない」の0/100で考えることはあまりありません。

さらに、「精神疾患=一生付き合っていくもの」という考えもありますが、それほど深刻にとらえているわけでもありません。

落ち着いている期間が長ければハッピーだし、しんどい期間は修行という感じです。

 

ただ、経験から私が感じているのは、しんどい期間だけが一生続くことはないということです。

しんどい期間は心も弱るので、不調というトンネルから抜け出せないような気がしてしまいますが、私の場合自分が想定しているよりもずっと早くトンネルから抜け出せることが多いです。

 

でも、パニック障害を発症してすぐの頃は、とてもじゃないけどそんな風には考えられませんでした。

何回も何回も発作を乗り切ったからこその自分への信頼でもあるので、そう思えないからといって自分自身を責める必要は全くありませんからね。

 

いつ起きるかわからない発作を乗り越えながら、生きることをあきらめないあなたはとても強いです。

それだけは、誰が何と言おうとも私が保証します。

 

 

 

ということで、現在の私についてはこれくらいにしておきたいと思います。

次回以降も、予期不安や広場恐怖(=家の外に出るのが怖い)を克服した経緯や、お薬との向き合い方等についてお伝えしていけたらなと考えております。

その他にも、なにか質問等がございましたら、コメント欄等に残していただけると幸いです。

 

 

のえまる読書感想文 '21/11

 

 


日本における四季とは、「何月何日の何時から次の季節に変わります!」というものではく、基本的にゆっくりと移ろいゆくものだ。

さらに、現代に生きる私たちは、何百年何千年という歴史の中で生きてきた人たちの知恵から作られた『暦』や、文明が発達すると共に出来上がった『天気予報』なんかを有効活用して、四季の移ろいに備えることができる。

 


けれど、人生における季節の移り変わりはどうだろうか。

もちろん進学や就職等、なんとなくのスケジュールが分かっているライフイベントはたくさんある。

スタートである春から始まり、情熱の夏、成果を確認する秋を経て、次の春への準備を行う冬へ向かうもの。

けれど、そうじゃないことだって私たちの身にはたくさん降り掛かってくる。

目の前に急に表れたライフイベントが、冬から始まるものだったりもする。

さらには、春から始まったライフイベントだって、訪れると思っていた、もしくはもう少し長いと思っていた夏や秋がすっ飛ばされたり短くなったりして、冬に突然移行してしまうことだってあると思うんだ。

 


この3年間で私はまさにそれを経験した。

人生で1番の厳冬から始まって、3年経ってようやく春の兆しを見つけようと顔をあげられるようになった。

その時のために、自分なりにたくさんたくさん準備をしているつもりでもある。

訪れなかった前シーズンの夏と秋を今から手にすることは不可能だから。

これから私が手にできるのは、次の春だから。

 


自信を持って言えるのは、この3年間、ずっとずっと『今の時間は決して無駄な時間じゃない。絶対にこの先の人生の為になる。為にしてやる。』と思って私は生きてきたということ。

『"寒い時にはもっと厚着をした方が良い"のかもしれない』と思って、重ね着するための洋服を自ら手探りで得てきたこと。

そこに関しては、自分のことを褒めてあげたいなと思う。

 


(正直自分だけだったら今は生きていないかもしれないと本気で思うけれど、手を差し伸べてくれた家族や周りの人たちにはものすごく感謝をしています。)

 


現在もまだまだ冬を生きていると思っているし、春が目の前にやってきているわけでもないのだけれど、春の兆しを楽しんで探せるようになった今、ものすごく幸せで楽しい日々を送っている。

 


そんな日々を過ごすなかで、今日更新されたのえまる月1定期更新回を読んで、場所や環境やライブイベントの中身は違えど『如恵留くんも同じ境遇なんだ』と知ることができて、もっともっと春までの時間を楽しめるようになった気がする。

如恵留くん、生きててくれて、アイドルでいてくれて、時間を使って心の内をブログにつづってくれてありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の春、いつやって来てもいいからね!

それまで楽しく準備して待ってます🌸

のえぱら2020 名脇役

 

とっても素敵だったのえぱら名脇役、如恵留くんは「誰かにピアノ弾いてもらって、バックでコンテンポラリーダンス踊ってもらってる中で歌いたかった」という旨のことを言ってたけど、カメラワークとか照明とかもひっくるめると、それだけじゃないように見えてきちゃって考えてみました。

 

 

〜のえぱら 名脇役

 

①檜山くんと如恵留くんの関係性について
②青木くんの役割について

 

 

 

①檜山くんと如恵留くんの関係性について

踊っていた檜山くんと歌っていた如恵留くん、私から見たらステージ上の2人は同一人物なように見えて。
コンサートのメインは如恵留くんなんだけど、名脇役のカメラワークを見てると、檜山くんをメインで映して如恵留くんが後ろの方にいたり、そうかと思うと逆になったり。檜山くんが曲中ずっと"バック"ダンサーであるという感じには見えなかった。
檜山くんが公開している(=周囲に見せている)自分で、如恵留くんが非公開な(=心の中で色んなことを考えている)自分、みたいな。
檜山くんが持っていた本も、檜山くんと如恵留くんの交換日記との事だったけど、檜山くんと如恵留くんを同一人物とすると、曲の中ではただ1人の人物の普通の日記だったのかなぁなんて思いました。

 

(檜山くんが待ち合わせしてる人にぶんぶんおてて振ってたのは見たけど、最後の方見てなかった…もしかしてノート渡すシーンとかあったのかな…?そうだったらその人との交換日記になっちゃうけど…もしそうだったら誰かこっそり教えてください…🙏🏻)

 

 

 

②青木くんの役割について

じゃあ名脇役という物語における青木くんの役割って何かなぁということを考えていたら、ふと思い浮かんだのが『ピアノ伴奏の青木くんも含めて三位一体なのでは!?』という考え。

とっても気になったのが、如恵留くんが最後の最後にわざわざ青木くんのとこに行ってピアノをポロン♪ってするところ。

名脇役という物語の流れとしては、途中で"僕のものになってくれないかなあ"って思うけれど、結局最後は"むしろ忘れたくなんかない"ことを認めて、相手に"「なんでもないよ」"って言っちゃうんだよね。
でもそのたゆたいのベースには、とっくの昔っから『自分は相手のことを好きでしかいられない』という気付きがあると思うのです。
そのベースの上に、たまにそれに抗いたくなっちゃう気持ちがふわふわ浮いてるんじゃないかな。

そんな心のベースの役割を担っていたのが伴奏の青木くんなのかなぁと思いました。
青木くんのあの可愛いさや柔らかくて包み込むような雰囲気も相俟って、そう思わずにはいられなかった…!

だから切なくて苦しい心の内を歌っていた如恵留くんが、自分の気持ちを認めずにはいられなくなった最後の方だけ、青木くんと一緒になってピアノをポロン♪と弾いたのかなって。
一瞬だったけど青木くんと如恵留くんが目を合わせてニコッてしてたのがとても素敵で、印象に残っています。
最後の音は切なさよりも明るさとか優しさとかそういうポジティブな感情が詰まっていたように感じられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―独り言―

如恵留くんはそんなつもりがあるのかないのか分からないけど、かなりの割合で受け取り手側に解釈の余地を残すところ、加藤シゲアキ先生の本の書き方にそっくり…!

のえまる読書感想文 ‘20/5

のえまるに出逢ってはや9ヶ月、間違いなく毎月14日は楽しみな日になっています✨

実はのえまるを読んだあと、毎回ファンレターを出したくなるんだけど、躊躇してしまい読書感想文が溜まりに溜まってるのでココで提出ということで📃

 

 

 

 


めちゃめちゃ唐突だけど、如恵留くんのブログって本当に多面性があって好きです。

川島如恵留という1人の人間が書いてるはずなのに、真面目だったり言葉遊びをしてみたり、エネルギーがみなぎってきたりほろほろ泣けてきちゃったりね。

私は無意識の内に他人のことを「この人は真面目な人だ」とか「この人は怖い人だ」とか、ついつい形容詞一語で捉えてしまいがちだけど、そうじゃないんだよってことを毎月のえまるを読むことで再確認しています。如恵留くんありがとう!

 

 

 

 


それだけ言ったところで、さぁ今月の読書感想文です!


まずはね、如恵留くんの『健やかでいる』って言葉の使い方、ジーンときたよ。

如恵留くんは何をきっかけにそのことを考えたのかは分からないけど、ものすごく心が暖かくなりました。

 

私自身、まだまだ「健康体そのものです!」って胸を張っては言えない部類だし、ちょうど数日前まで持病の良くない波が来ていて落ち込んでたから。

『笑って生きてい』られた日が、自分が健やかに生きていられた日なんだろうなと、ここ1年半程で私もそう思えるようになったから、似たようなこと考えてるんだなってなんだか嬉しかったです🌷

 

 

 

 


次に【私にとってのアイドル】について!

のえまるでの疑問提起を受けて、ズダダダーッと考えました。

私にとってのアイドルは、“心にゆとりをくれる存在”です。

それまでどんなにネガティブな考えで心が埋め尽くされていようと、そのビジュアルや行動に「カワイイ!」「カッコイイ!」と悶えてるうちに、心の中にゆとりができます。

前向きな考えができるような、もしくは後向きな考えから逃げられるような場所を心の中に確保してくれる。お花見の場所取り的な🍡

 

如恵留くんや目黒くんや他のアイドルを見て「私も頑張ろう!」って思えるのも、その思いと同時に心にゆとりが生まれるから。どんなに体力があっても、気持ちが追いつかないと進めないからね。

身近な人でも身近じゃない人でも、赤ちゃんでもお年寄りでも、私の心にゆとりを与えてくれる存在が私にとってのアイドルなんだなと認識しました。

如恵留くんのおかげでまたひとつ自分の考えを言語化することができました🌷

 

 

 

 


あとはね、如恵留くんにとっての手話みたいな存在って私にあるのかなぁとも考えてみました。近いものがあったよ。だけどそれはココで話すアレじゃないので省略します笑

今度如恵留くんにコソッとファンレター送ろうと思う✉️

 

 

 

 


最後に。

如恵留くんが自身のことを『加速度的にヤバくなってる』と仰ってますが、私の如恵留くんを応援したい気持ちも日々増加していっています。

例えるならば指数関数的に増加。しかも日々底も指数も増えていっています。

理数系には強くないので最終的に前者と後者、どちらの値が大きくなるのかはわかりませんが、とにかく日々如恵留くんを応援したい気持ちが増えているよ!ということ!です!

 

 

 

 


🌼おわり🌼

Travis Japan川島如恵留くんを好きになりました。

 

 

 

また推しが増えました。

TravisJapan 川島如恵留くんです!

 

https://j-island.net/artist/person/id/19

 

と言っても気になりだしたのは8.8の東京ドーム公演からなので、目黒くんを好きになった時期とあまり変わらないです。

 

〜私の2019年夏〜

2019年7月22日:目黒くんを知る
YouTubeを見漁る/SnowManにハマる
2019年8月5日 :Jr.用のTwitterアカウントを作る
2019年8月8日:初めてJr.公演を配信で視聴する/SnowManのデビューが発表される/如恵留くんのことが気になる

 

7月末から8月頭の濃さ!!!!

 

Jr.に本格的にハマったのは目黒くんが初めてで、Jr.界隈のことなんて一切分かりませんでした。どこが1番デビューに近いとかそんなのも知らなかったし、配信のデビュー発表見た時は純粋に喜んでた気がします。寧ろデビューが決まったSnowManのメンバーのお顔みて「あれ、ニコニコじゃないの…?」って思ったくらい。

そんな中食い入るように画面を見つめていたら、突然金髪の男の子が号泣してるのが目に入ってきたわけです。

 

気になってしまった。

 

嬉しい気持ちに水を差されたなんて感覚は1ミリもなくて、純粋に「この人どんな気持ちで泣いてるんだろう」と思いました。嬉し泣きっぽくはなさそうだったけど、悲しいのか悔しいのか分からなくて。
そこからYouTube Jr.チャンネルのトラジャ回『Travis Japan - YouTube』やJweb内連載“とらまる”『https://www.johnnys-web.com/page?id=3&artist=0&diary=638&page=1』を読んでいくうちにTravisJapanにまるっと(ダジャレじゃないよ)惹かれていった感じでした。

 

そして、如恵留担になったトドメ(?)の一撃は“のえまる”(とらまる内の如恵留くんのブログ)『https://www.johnnys-web.com/page?id=3&artist=0&diary=642&page=1』です。
文章自体はめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃめちゃ長いのですが、ひとつひとつの言葉が優しくて、正直で、画面越しなのに36℃の温かさが伝わってくるようなそんなブログ。
器用なようで不器用な、なんとも言えない愛おしさを感じてしまった…!

そこまで行けばもう如恵留くん沼にずぶずぶです。YouTubeでそこそこカロリーの高い変顔していても愛おしいよ!

 


そんなこんな(雑)で、デビューが決まってトラジャちゃんが嬉し涙流すところだったり、ハリウッドで"夢のHollywood"『Travis Japan @ ジャニーズカウントダウン2018-2019 in 東京ドーム | 「夢のHollywood」「Lock Lock」 - YouTube』歌ってるところだったりを見たいな〜と思うようになりました。

 

まずは!トラジャちゃんに逢いに行くことが夢。舞台でもコンサートでもいいからトラジャちゃんの生み出すエンターテインメントをこの身で浴びたい!!!!

いつか絶対に逢いにいくよ〜!

 

※Johnny's web以外リンク先は全て無料コンテンツです!

21歳の抱負☃️

涙を他人に見せたくないと強がってたラウちゃんに目黒くんがかけた言葉。

 

「乗り越えないと強くなれない」

 

これを見た時に、『私は''努力''の意味を履き違えていたな』と思った。

自分の心身を後回しにして、何かをやり込むことは''努力一歩手前''だと気づいた。

 

そりゃ一時的に睡眠時間を削ったり、趣味の時間を削ったりすることは誰だってあるだろう。

けれど、倒れる前に休んだり、心がしんどくなる前に好きなことをしたり、そうやってみんなバランスを取ってる。

 

自分の限界に気付かないフリをして、そのまま体調を崩してしまうようなことがあったら元も子もない。

それは''努力''じゃなくて''無理''をしてるんだよね。

 

見えない不安に追いかけられて、ついつい''無理''をしようとしてしまう。

『まだやれる』と『もう少しやらなきゃ』は紙一重だ。

 

きっと本当の''努力''って、自分のことを大切にしながら、やりたいこと・やるべきことを遂行できるように試行錯誤することなんだろう。

 

そのためには、他人には隠したくなるような自分の弱さだってさらけ出さなくちゃいけないのかもしれない。

 

私はついこの前までそのことを認めようとはしなかった。

でも自分の器がいっぱいいっぱいになって、どうしようもなく溢れた時にやっと気づいたんだ。

もうちょっと早く知ることができたらよかったなとも思わないわけではないけれど…!

 

21歳、大人2年生。

この1年は、自分に負けない1年にしたいな。

弱いところだって、心に生まれる目を背けたくなるようなどす黒い感情だって、せめて自分のことくらいは全部全部受け止めて、認めることができるような、そんな大人になりたい。

 

(ストレートに助言できる目黒くんも、それを素直に受け止められるラウちゃんも、2人とも素敵な人間だなと思った。SnowManってそんな人ばかりが集まってるような気がするな。)